今年も、津軽に田植えの季節がやってきました。
カエルの合唱が始まり、カルガモの姿が
見られる頃となりました。
吉野桜が終わり、八重桜やツツジ、シャクナゲが
咲いています。
五月の薫風、暖かな陽光、
そろそろ初夏の兆しです。
 
 先日のことでした。
春の枯葉を掃いていたら、
葉っぱの中には、大きなカタツムリ、
そして、素足の上に感じた何やら冷たい触感、
アマガエルでした。
隣家の庭には、アナグマやタヌキが住んでいる
様子で、時々見かけます。
自然を感じる生命の営みに出合って
春を実感。


   或るとしの春、私は、生れてはじめて本州北端、
  津軽半島を凡そ三週間ほどかかつて一周したのであるが、
  それは、私の三十幾年の生涯に於いて、かなり重要な事件の
  一つであつた。私は津軽に生れ、さうして二十年間、
  津軽に於いて育ちながら、金木、五所川原、青森、弘前、
  浅虫、大鰐、それだけの町を見ただけで、その他の町村に
  就いては少しも知るところが無かつたのである。
   金木は、私の生れた町である。津軽平野のほぼ中央に位し、
    人口五、六千の、これといふ特徴もないが、どこやら都会ふうに
  ちよつと気取つた町である。善く言へば、水のやうに淡泊であり、
  悪く言へば、底の浅い見栄坊の町といふ事になつてゐるやうである。
  それから三里ほど南下し、岩木川に沿うて五所川原といふ町が在る。
  この地方の産物の集散地で人口も一万以上あるやうだ。
  青森、弘前の両市を除いて、人口一万以上の町は、この辺には
  他に無い。善く言へば、活気のある町であり、悪く言へば、
  さわがしい町である。農村の匂ひは無く、都会特有の、あの孤独の
  戦慄がこれくらゐの小さい町にも既に幽かに忍びいつてゐる模様である。
  大袈裟な譬喩でわれながら閉口して申し上げるのであるが、かりに
  東京に例をとるならば、金木は小石川であり、五所川原は浅草、
  といつたやうなところでもあらうか。
                        太宰治『津軽』

昭和19年、太宰が『津軽』執筆のために旅をしたのが、
ちょうど今頃のことです。

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