夕焼けが美しい季節になりました。
太宰は、『東京八景』の中で、
武蔵野の夕陽のことを、次のように記しています。
私は、いまは一箇の原稿生活者である。旅に出ても宿帳には、
こだわらず、文筆業と書いている。苦しさは在っても、めったに言わない。
以前にまさる苦しさは在っても私は微笑を装っている。
ばか共は、私を俗化したと言っている。毎日、武蔵野の夕陽は、大きい。
ぶるぶる煮えたぎって落ちている。私は、夕陽の見える三畳間にあぐらをかいて、
侘しい食事をしながら妻に言った。「僕は、こんな男だから出世も出来ないし、
お金持にもならない。けれども、この家一つは何とかして守って行くつもりだ」
その時に、ふと東京八景を思いついたのである。
過去が、走馬燈のように胸の中で廻った。
ここは東京市外ではあるが、すぐ近くの井の頭公園も、
ここは東京市外ではあるが、すぐ近くの井の頭公園も、
東京名所の一つに数えられているのだから、此の武蔵野の夕陽を
東京八景の中に加入させたって、差支え無い。あと七景を決定しようと、
私は自分の、胸の中のアルバムを繰ってみた。併しこの場合、芸術になるのは、
東京の風景ではなかった。風景の中の私であった。
芸術が私を欺いたのか。私が芸術を欺いたのか。結論。芸術は、私である。
戸塚の梅雨。本郷の黄昏 。神田の祭礼。柏木の初雪。八丁堀の花火。
戸塚の梅雨。本郷の
芝の満月。天沼の蜩 。銀座の稲妻。板橋脳病院のコスモス。荻窪の朝霧。
武蔵野の夕陽。思い出の暗い花が、ぱらぱら躍って、整理は至難であった。
また、無理にこさえて八景にまとめるのも、げびた事だと思った。
そのうちに私は、この春と夏、更に二景を見つけてしまったのである。
太宰 治 『東京八景』


秋のイチゴ。
富士山に初冠雪があったとのこと。
こちらも、朝晩は冷え込んできました。
黄金色の田んぼ。
夕方になると、どこからか流れてくる精米や
稲わらの匂いに秋を実感します。
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