秋晴れの日曜日。
やや風はありますが、行楽日和。
ご家族連れのお客様が多いようです。

虫の音が、だんだん少なくなってきました。
秋も、あと一月程。
晩秋から初冬までは、あっという間です。


 甲州御坂峠の頂上に在る茶店の二階を借りて、長篇小説すこしづつ書きすすめて、九月、十月、十一月、三つきめに、やつと、茶店のをばさん、娘さん、と世間話こだはらず語り合へるくらゐに、馴れた。宿に著いて、すぐ女中さんたちに輕い冗談言へるやうな、器用な男ではないのである。

 だんだん茶店の人たちも、あのお客は、ただ口が重いだけで、別段に惡だくみのある者でないといふことが判つた樣子で、お客さんのお嫁さんになるひと仕合せですね、世話が燒けなくて、とをばさんに冗談言はれて、私は苦笑して、やつと打ち解けて來たころには、はや十一月、峠の寒氣、堪へがたくなつた。
   
 そろそろ私は、なまけはじめた。どうしても三百枚ぐらゐの長編にしたいのである。まだ半分もできてゐない。いまが、だいじのところである。一日ぼんやり机のまへに坐つて、煙草ばかりふかしてゐる。茶店のをばさんが、だいいちに心配しはじめた。お仕事できますか? と私が階下のストオヴにあたりに行くたんびに、さう尋ねる。できません。寒いから、かなはない、と私は、自分の怠惰を、時候のせゐにする。をばさんは、バスに乘つて、峠の下の吉田へ行つて、こたつをひとつ買つて來た。

 このごろは煙草も、日に七つづつ、お仕事は、ちつともすすまないし、ゆうべは、あたし二階へ樣子見に來たら、もうぐうぐう眠つてゐた。けふは、お仕事なさいね。お客さんの原稿の番號をそろへるのが、毎朝、ずゐぶんたのしみなのだから、たくさんすすんでゐると、うれしい。

 私は、有りがたく思つた。この娘さんの感情には、みぢんも「異性」の意識がない。大げさな言ひかたをすれば、人間の生き拔く努力への聲援である。
 けれども、いかな人情も、寒さにはかなはない。私は東北生れの癖に、寒さに弱く、ごほん、ごほん變な咳さへ出て來て、たうとう下山を決意した。東京へ歸つたら、また、ぶらぶら遊んでしまつて、仕事のできないのが判つてゐるから、とにかく、この小説の目鼻のつくまでは、と一先づ、峠の下の甲府のまちに降りて來た。工合がよかつたら甲府で、ずつと仕事をつづけるつもりなのである。

 甲府の知り合ひの人にたのんで、下宿屋を見つけてもらつた。壽館。二食付、二十二圓。南向きの六疊である。ふとんも、どてらも、知り合ひの人の家から借りて來た。これで、宿舍は、きまつた。部屋にそなへつけの机のまへに坐つて、右の引き出しには、書きあげた原稿を、左の引き出しには、まだ汚さない原稿用紙を。なんだか仕事が、できさうである。ここでも、私は、はじめは氣味わるいほど音無しく、さうして、三つきめくらゐに、やつと馴れて、馴れたとたんに惡くなつて、仕事をなまけ、さうして他所へ行くだらう。ああ、それまでに、いい仕事が、できればいい。他に、何も要らない。
 私は、Gペン買ひに、まちへ出た。
                               太宰 治『九月十月十一月』

毎年、思うことですが、
身体が寒さに慣れるまでが大変な北国生活。

冬があるからこそ、
春に憧れる。
冬があるからこそ、
春の陽ざしと温かさが嬉しい
のではないかと、
今更ながら思う、昨今。
冬には、冬の意味があり、
春には春の……などと、
西風に吹かれながら思い巡らす秋の一日。


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